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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20969号 判決 1996年3月25日

原告

池畑こと

東間明倫

右訴訟代理人弁護士

福田彊

佐藤泉

被告

スポルディング・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役

浅見隆

右訴訟代理人弁護士

竹内澄夫

右訴訟復代理人弁護士

島津秀行

右訴訟代理人弁護士

小岩井雅行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告と被告との間に、雇用関係が存続していることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成四年一一月以降毎月二五日限り、金二二〇万二八〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社の代表取締役として登記されていた原告が、代表取締役の地位は名目にすぎず、被告会社とは雇用関係にあり、被告会社のなした解雇の意思表示が手続上、実体上無効であるとして、雇用関係の存続の確認と、右解雇以後の賃金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告会社は、昭和五六年一二月一日、日本法により設立された株式会社であり、その資本金は一億円である。スポルディング・インターナショナル・インク(以下「SII社」という)は、被告会社の全株式を所有している。

2  原告は、左記の日に被告会社の取締役、代表取締役に選任されたものとして登記されている。

(一) 昭和五九年六月一日取締役、同月三日代表取締役

(二) 昭和六一年一一月一八日取締役、代表取締役

(三) 平成二年一〇月三一日取締役、代表取締役

3  被告会社の就業規則には、左記のとおりの条項(関係部分のみ抜粋)が存在する。

第二七条 会社は従業員が次の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支払って解雇する。

三  操行又は勤務成績がよくないと認められたとき。

第二八条 会社は従業員で次の各号の一に該当する者は直ちに解雇する。

五  上長の指示命令に従わず又は上長に脅迫若しくは暴行を加えた者。

一四 常に社内の調和、士気又は規律を乱す者。

二 争点

1  原告と被告会社との間で昭和五九年三月二九日に雇用契約が成立したかどうか。

(原告の主張)

原告の契約の相手方は被告会社であり、かつ、両者間の契約は雇用契約である。このことは次の点などから明らかである。

(一) 被告会社では株主総会、取締役会は全く開催されていないから、原告は、法律上適法に選任された被告会社の取締役、代表取締役ではない。

(二) 原告は、被告会社、スポルディング・アンド・イーブンフロウ・カンパニーズ・インク(以下「S&E社」という)及びSII社の日本における支配人であり、自らの裁量では何事も決定する権限はなく、被告会社内の直属の上司である代表取締役スコット・クリールマンに完全に従属していた。

(三) 原告は、他の一般従業員と同様の方法で給与を受けていたし、原告の給与や昇給額は、スコット・クリールマンから決定済みの額が知らされ、S&E社、被告会社などの集合体であるスポルディング・スポーツ・ワールドワイドから直接届けられた従業員賃金台帳に従って被告会社の経理部門が処理していた。

(被告会社の主張)

被告会社と原告との間に雇用契約は成立していない。すなわち、

(一) 原告は、被告会社の代表取締役社長であったから、労働者でないことは法的に明らかである。

(二) 被告会社の株主総会、取締役会は開催されていた。しかし、仮にこれが開催されていなかったとしても、原告は、その開催の必要性を熟知しながら長期間にわたりこれを開催せず、議事録の作成を弁護士に依頼し、その登記を司法書士に依頼していたのであって、このような事情のもとで、株主総会、取締役会の不存在を主張することは、信義則に反する。

(三) 原告は、自ら経営判断を行って、被告会社の営業、経理、総務等を指揮命令していた。

2  原告、被告会社間の契約が雇用契約であるとすれば、被告会社が、平成四年五月一四日、原告に対し、口頭で原告を解雇する旨の意思表示をしたかどうか。右解雇は有効かどうか。

なお、原告は、被告会社の右解雇の主張が時機に遅れたものであるから却下すべきであると主張している。

(一) 手続上の瑕疵の有無

(原告の主張)

(1) 被告会社は、原告を解雇する際、何ら理由を説明しなかった。

(2) 被告会社は、予告期間を与えずに原告を解雇した。

(被告会社の主張)

(1) 被告会社は、原告を解雇するに際して、解雇の理由を説明した。

(2) 原告は、予告期間を十分に与えられていた。すなわち、被告会社は、平成四年一〇月まで給与を定期的に支払っていた。

(二) 解雇事由の存否及び解雇権の濫用の有無

(原告の主張)

原告に就業規則所定の解雇事由はない。被告会社が原告を解雇した真の理由は、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドの脱税その他の違法行為の露見を恐れたためであり、右解雇は解雇権の濫用に当たる。

(被告会社の主張)

(1) 被告会社は、原告が被告会社内でリーダーシップを失っており、経営をそのまま任せると経営方針の混乱を招くとともに労働意欲を低下させ、それに必然的に伴う営業成績の悪化を招来することが予想されたため、原告を解雇したものである。これは、就業規則二七条三号の「勤務成績がよくないと認められたとき」、同規則二八条一四号の「常に社内の調和、士気又は規律を乱す者」に該当する。

また、原告は商標使用料の配分率、商標登録管理料の負担についてスコット・クリールマンと激しく争ったのであり、これは、就業規則二八条五号の「上長の指示命令に従わ」なかったことに該当する。

(2) 解雇の理由は右のとおりであって、被告会社やそのグループが違法行為を行ったことはなく、右解雇は解雇権の濫用には当たらない。

第三争点に対する判断

一  争点1(雇用契約の成否)について

1  原告の被告会社に対する労務提供契約が雇用契約であるかどうかは、両者間に使用従属関係が認められるかどうかにより判断すべきところ、争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) S&E社は、アメリカ合衆国デラウエア州法人であり、ベビー用品の製造販売を業とするイーブンフロー部門と、スポーツ用品の製造販売を業とするスポルディング部門からなっている。後者の部門は、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドと総括的に称している。そして、S&E社の一〇〇パーセント出資による子会社であり、アメリカ合衆国デラウエア州法人であるSII社は、海外に所在する九つの子会社を所有して、その運営を統括している。被告会社は、右九つの子会社のうちの一つであり、SII社が全株式を所有している。

(二) 原告は、コダックジャパン株式会社に勤務していたが、昭和五九年一月三〇日、アメリカ合衆国に本社を有するヘッドハンティングの会社から、同国のスポーツ用品メーカーで日本関係の業務を担当しないかとの提示を受けた。原告は、同年二月一日及び同月三日に、SII社又はS&E社の役員であるスコット・クリールマンらを紹介され、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドに転職することを勧められた。その後、原告は、更にジョージ・エイ・ディカーマンを含むスポルディング・スポーツ・ワールドワイドの役員らと話し合った結果、同年三月五日付けの書面により、被告会社の取締役社長として職務を行うよう申込みを受け、同月二九日、これを承諾した。右書面には、被告会社、SII社、S&E社などの社名は記載されておらず、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドと表示されており、内容としては、職務の対価として毎月一四一万六六六七円を支給すること、原告の使用に供するため社用車とゴルフクラブ会員権を提供すること、退職金として、退職金規程にある退職金一覧表により算出される額よりも少なくない額を支給すること、原告のマンション購入資金の完済のために一五〇〇万円が必要であるとのことであるため、借入金の現行利率と利率四パーセントとの差額を支払うこと、ただし、この差は五パーセントを超えず、かつ、勤務期間又は返済期間のいずれか短期の期間に限り支払われることなどが記載されていた。

なお、右書面には、SII社の国際事業担当取締役であるスコット・クリールマンが原告の直属の上司である旨が記載されている。

(三) 原告は、被告会社の代表取締役社長として、日本における販売戦略や被告会社における雇用の決定、資産の調達、商標使用許諾者の選択等の責任を負い、アメリカ合衆国のスポルディング・スポーツ・ワールドワイドとの連絡、折衝等の業務も担当し、被告会社の日本における対外活動を代表して行っていた。例えば、原告は、昭和五九年代表取締役社長に就任後、自ら基本的な経営戦略を考え、これによりゴルフボールの価格を大幅に切り下げ、その後五年間、被告会社の業績を飛躍的に増大させた。また、原告は、被告会社の業績が悪化するようになってからは、被告会社が負担する商標権使用料の割合を七五パーセントから五〇パーセントに減少させてその差額を広告費に充てることにより被告会社の売上を増大させようと考え、アメリカ合衆国のスポルディング・スポーツ・ワールドワイドに提出した。ほかにも、原告は、被告会社の従業員赤尾某を自己の判断で解雇し、そのために生じた紛争の処理には自ら選んだ弁護士を充て、また、部下の従業員の給与、賞与を査定し、大学教授を高額の報酬のコンサルタントとして採用した。

原告は、通常の場合、他の従業員とほぼ同様、午前九時三〇分から午後五時三〇分までの勤務をしていたが、他方、海外出張の際、被告会社の費用で妻を呼び寄せたり、被告会社の経費でゴルフや高級ホテルでの飲食、旅行等を行うなど他の従業員とは勤務状況が異なっていた。

(四) 原告は、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドの国際事業部に所属するものとされていた。被告会社の代表取締役としては、原告のほかにジョージ・エイ・ディカーマン、スコット・クリールマンが登記されており、指揮命令関係は、原告の上司がスコット・クリールマン、スコット・クリールマンの上司がジョージ・エイ・ディカーマンとされていた。しかし、スコット・クリールマンとジョージ・エイ・ディカーマンは、被告会社の業務を直接担当していない名目的な役員であって、アメリカ合衆国に在住してSII社ないしS&E社の役員として日常業務を行っていた。原告は、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドのグループ内ではゼネラルマネージャーと呼ばれており、日本における責任者の地位にあった。しかし、スコット・クリールマンとジョージ・エイ・ディカーマンにはそのような呼称はなく、スコット・クリールマンがジョージ・エイ・ディカーマンの指揮の下でアメリカ合衆国の親会社の役員としての立場から各国の子会社を統括する責任者として原告に指示を与えていた。

(五) 原告の報酬は、毎月、被告会社の経理担当者から源泉徴収の上、原告の預金口座に振り込む方法で支払われるとともに、給与明細書が交付されており、この点では他の従業員と特に異なることはなかった。しかし、原告と被告会社との約束では賞与はなく、報酬を年間一二回に分けて毎月支払うとの約束であったのに対し、被告会社の他の従業員は年収を一五回に分けて三か月分を賞与として支給されており、この点では他の従業員と異なっていた。原告は、社長としての業務遂行に必要であるとして、ゴルフ会員権の利用と乗用車の提供を要求し、前記(二)のとおりの提案を受けて承諾したものであるところ、実際に被告会社の費用で高級乗用車(ジャガー)のリース契約を締結してこれを使用し、また、就労二、三年後には被告会社の費用で原告の個人名義で高坂カントリークラブのゴルフ会員権を購入した。しかし、他の従業員についてはそのようなことはなかった。

原告以外の従業員で退職金規程に定められた金額以上の退職金を支給されたものとしては、被告会社に対して訴訟を提起する可能性のあった退職者(前記赤尾)に対してこれを避けるため多少増額して支給した事例があるだけである。なお、被告会社に役員退職金規程はない。

原告の報酬は漸次増額され、平成四年一〇月の時点では二二〇万二八三六円にものぼっていた。原告は諸手当を支給されておらず、労災保険、雇用保険の被保険者でもなかった。

2  以上認定の事実によると、原告は、いわゆるヘッドハンティングにより抜擢され、自らの責任と裁量において実質的に被告会社の代表取締役社長としての業務を遂行していたものであり、その報酬額が高額であり、他の従業員とは異なる特別の待遇を受けていたことを併せ考慮すると、原告と被告会社とが使用従属関係にあったとは認められないから、原告と被告会社との間で雇用契約が成立したということはできない。

もっとも、証拠(略)によると、原告は、スコット・クリールマンに報告し、同人から指示を受けて業務を遂行していたことが認められ、スポルディング・スポーツ・ワールドワイドを世界規模のグループ全体としてみた場合、機能的には原告が日本のゼネラルマネージャーとしてその組織全体の中に組み込まれた一員であったことは否定できない。しかし、そのことから直ちに原告と被告会社との契約が雇用契約であると判断することはできないのであって、右のような関係は、一般にみられるグループ企業における子会社の代表取締役と親会社との関係と格別異なるものではない。

原告は、被告会社代表取締役であるスコット・クリールマンが原告の直属の上司であったとして、原告と被告会社とが使用従属関係にあった旨を主張している。しかし、スコット・クリールマンは日本には在住せず、SII社の国際事業担当取締役としてスポルディング・スポーツ・ワールドワイドのグループ全体の立場から、上司であるジョージ・エイ・ディカーマンの指揮下で各国における現地法人の代表者(ゼネラルマネージャー)に対すると同様に、日本法人である被告会社代表取締役社長としての原告に指示を与えていたのであるから、スコット・クリールマン及びジョージ・エイ・ディカーマンが被告会社の代表取締役として登記されていたからといって、両名が被告会社における原告の上司であったという見方は当を得たものではない。

また、原告は、被告会社では株主総会、取締役会が全く開催されていないと主張している。

しかし、彼にそれらが開催されていないとしても、原告が適法に選任された取締役ないし代表取締役ではなかったというだけのことであり、そのことから直ちに原告と被告会社との間に使用従属関係が肯定されるわけではない。しかも、原告の主張に従えば、スコット・クリールマン、ジョージ・エイ・ディカーマンの取締役、代表取締役選任決議も存在しないこととなり、被告会社に原告以外の代表取締役が存在することを原告、被告会社間に使用従属関係があることの根拠に挙げること自体理由がないといわなければならない。

二  まとめ

以上の次第で、原告の本件請求は、その余の点について触れるまでもなく理由がない。

(裁判官 小佐田潔)

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